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東京地方裁判所 平成3年(ワ)13152号 判決

原告

大洋海運建設株式会社

右代表者代表取締役

谷口治男

右訴訟復代理人弁護士

中西英雄

被告

日商岩井株式会社

右代表者代表取締役

西尾哲

右訴訟代理人弁護士

鍛冶利秀

渡辺春己

坂井眞

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金三七五八万六〇〇九円及びこれに対する平成三年四月一日から支払済みまで年8.25パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、外国砂の輸入販売代金等の支払に係る紛争であり、砂の売主である原告が、買主である被告に対し、砂代金の支払と被告の受領遅滞により被った損害があるとしてその賠償とを請求している事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、平成二年初めころから、被告に対し、中華人民共和国(以下「中国」という)から河砂を輸入してこれを継続的に売り渡す話を持ちかけ、被告も右共同事業に積極的であったところ、右当事者間で、平成二年一一月二一日、原告が被告に対し中国烟台産の河砂を輸入して継続的に売却する基本的取引契約を締結した(以下「本件基本契約」という)。右契約書(甲五)には右契約の基本事項について次のとおり記載されている。

(一) 取扱量 最初三か月は毎月二万立方メートルを提供し、設備が備わった後には毎月五万立方メートルを目標として出荷する。

(二) 売買価格 一立方メートル当たり金二七五〇円(毎年協議する)

(三) 契約期間 五年、毎年一回再契約する。

(四) 中国側積込作業から日本指定納入場所(右場所は被告の指定による)までは原告がすべて責任を持ち、また積込費用、運搬費用は原告が負担する。

(五) 基本契約に定めのない事項等は、原告、被告及び睦商事の三者で協議して解決する。

(六) 正式な本契約書の作成は、原告、被告及び睦商事の三者で協議して決定する。

2  被告は、本件基本契約の締結に先立ち、睦商事株式会社(以下「睦商事」という)との間で、右契約によって購入する河砂の売買契約を締結し、売買価額を一立方メートル当たり金二九〇〇円と合意し、また、原告、被告及び睦商事は、河砂を原告から睦商事に直接引き渡すこと、そのための具体的交渉は直接当事者間で行うこと等を合意した。

3  被告は、平成三年一月四日付けで原告に対し横浜港、川崎港及び川崎港東洋埠頭構内配置図各一部(甲一三)を送付した。

その後、原告は、同年二月六日、中国烟台港(以下「烟台港」という)においてクレーン設備のない大型貨物船ダイハイ号(積載重量二万七三八七トン、以下「ダイハイ号」という)を傭船し、同月一二日、船舶主要規範と題する規模・構造説明表及び図面(甲一四)を睦商事に送付して川崎港に河砂の搬送を通知する一方で、翌一三日には、同港において、同船に河砂一万三五八三立方メートルを船積みして出航準備を完了した。

他方、右通知を受けた睦商事は、原告が船積みをした右同日、原告に対し、千葉県の袖が浦港(以下「袖が浦港」という)の図面を送付して同港に入港するよう求め、喫水線を7.5メートルに調整するよう連絡した。

4  原告は、右通知を受け、袖が浦港に入港できるようダイハイ号に積み込んでいた前記河砂のうち三四八九立方メートルを烟台港で降ろして睦商事の指示どおり喫水線の調整を行い、同船を袖が浦港に向けて出航させた(以下、右調整後の河砂一万〇〇九四立方メートルを「本件河砂」といい、右河砂を目的とする売買契約を「本件売買契約」という)。

ダイハイ号は、平成三年二月二二日に袖が浦港に到着したが、同船が大型すぎて、船底に積み込まれていた河砂の荷揚げのための大型陸上クレーン作業の手配が同港ではできず、また、クレーン付廻船であるガット船のクレーンも大型のダイハイ号には使用できなかったことから、同港で六日間滞船した後、被告と契約した荷揚業者である有限会社丸和建材社(以下「丸和建材」という)の仲介によりわざわざ川崎港三井埠頭に接岸して陸上クレーンで本件河砂をいったんガット船に積み替えた上、右ガット船で右砂を再度袖が浦港に回送させる方法を採って荷揚げを了した。

5(一)  原告は、前記荷揚げの際、袖が浦港から川崎港へ運搬するため入出港料金一五二万一六七九円及び川崎港の岸壁使用料金一三七万四六一八円の合計金二八九万六二九七円を出捐した。

(二)  他方、被告は、前記荷揚げの際、荷揚業者丸和建材の手配を行い、同会社に対し左記の金額(合計金二四四一万一〇〇〇円)を支払った。

(1) クレーン作業及び船内荷役料

金一三五〇万円

(2) 川崎―袖が浦間のガット船回送費用 金六七五万円

(3) 袖が浦港水切、横待ち堆積場移し入れ 金三〇〇万円

(4) 保管料 金四五万円

(5) 消費税合計金七一万一〇〇〇円

6(一)  原告と被告は、平成三年六月一一日、本件河砂の代金の支払、烟台港における積降料、川崎港における滞船料及び荷揚げに要した費用の負担等について協議し、その結果について覚書(乙四、以下「本件覚書」という)を作成した。

右覚書の合意事項は一〇項目にわたっており、その主要なものは次のとおりである。

(1) 被告が前記5(二)の各費用を立替払していることの確認(右金員を以下「本件立替金」という)

(2) 烟台港における積降料及び川崎港における滞船料の合計金六一七万二一二〇円(消費税を含む)の負担義務者が原告、被告及び睦商事の間で確定されておらず、被告が右金員を原告のために立替払することの確認

(3) 烟台港から木更津港までの割増運賃、袖が浦港での入出港料及び川崎港岸壁使用料についての負担義務者が原告、被告及び睦商事の間で確定されていないことの確認

(4) 前記(1)から(3)までの紛争が合意若しくは裁判で解決し原告が負担することになった場合、原告は負担すべき金額に年8.25パーセントの損害金を付して支払う

(5) 前記(1)から(3)までの紛争が解決するまで、原告は被告に対し本件売買代金の支払を猶予し、被告は本件売買代金に約定の支払日から年8.25パーセントの損害金を付して支払う。

(6) 原告と被告は、本件基本契約を合意解約する。

(二)  被告は、右(一)(2)の立替合意に基づき、左記のとおり、合計金六一七万二一二〇円を支払った。

(1) 烟台港における積降料

金二六八万〇三五〇円

(2) 川崎港における滞船料

金三三一万二〇〇〇円

(3) 消費税合計金一七万九七七〇円

二  原告の主張及び認否

被告は原告に対し、本件河砂代金及び右砂の引渡しに要した費用の支払義務並びに被告の本件河砂の受領遅滞等により原告が被った損害賠償義務を負担している。その根拠は以下に述べるとおりである。

1  本件河砂代金

金三四六八万九七一三円

袖が浦港の入港のための喫水線調整のため、原告はいったん積み込んだ河砂のうち三四八九立方メートルを烟台港で降ろした。

しかし、被告は本来当初ダイハイ号に積み込んだ河砂全量についての代金(消費税込みで金三八四七万三八四七円)を支払うべき義務があるところ、降ろした河砂を原告が烟台における当時の時価(一立方メートル当たり金一〇五三円)で買い戻したものと評価して、その再売却代金を差し引いた金三四六八万九七一三円が本件河砂代金となり、被告はこれを原告に支払うべき義務がある。

2  被告の受領遅滞等による損害

金二八九万六二九七円

(一) 本件基本契約書においては納入場所について被告の指定場所との記載があるが、右は業界の通念に従い荷役船を被告の指定港岸壁に接岸すれば足りると解すべきところ、被告は原告に対し、平成三年一月四日、川崎港の構内配置図を送付することにより本件河砂の納入場所を川崎港と指定したのであるから、本件河砂の売買契約においては、原告はダイハイ号を川崎港岸壁に着岸させることをもって売主としての債務の本旨に従った弁済の提供となるはずのものであった。

(二) ところが、睦商事は原告がダイハイ号に河砂一万三五八三立方メートルの積込みを完了した平成三年二月一三日に至って、袖が浦港での引渡しを要求し、一方的に引渡港の変更を命じた。

しかも、原告は、睦商事の指示を受けてダイハイ号を袖が浦港に入港させたものの、袖が浦港には本件河砂を荷揚げできるクレーン等の設備がなかったことから、前記争いのない事実4記載のとおり川崎港で砂を積み替えて再度ガット船で袖が浦港に回送する迂遠な方法を採ることを余儀なくされたのである。右の被告の買主としての受領義務の違背により、原告は、争いのない事実5(一)記載の入出港料及び岸壁使用料合計金二八九万六二九七円を支払い、同額の損害を被った。

(三) なお、本件河砂売買に関し、原告は船荷証券を発行し、右証券は平成三年二月一八日に被告に交付され、同日以後は被告が本件河砂の所有権を有しているのであるから、この点からも右費用は被告が負担すべきものである。また、右の点は、同日以後に本件河砂に関して支出した滞船料、回船料、岸壁使用料、荷揚費用等の一切の費用について当てはまることであり、被告の主張3、4の費用が被告の負担にかかるものであることの根拠となるものである。

3  被告の主張1(一)、(二)、2ないし6の主張は否認ないし争う。争いのない事実5(二)及び6(二)記載の各費用は被告が負担すべきものであり、原告の負担義務を前提とする被告の主張6については争う。

4  よって、原告は、本件河砂代金三四六八万九七一三円及び被告の償務不履行(受領義務違反)により出捐を余儀なくされた損害金二八九万六二九六円の合計金三七五八万六〇〇九円並びにこれに対する本件河砂引渡しの後である平成三年四月一日から約定の年8.25パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告の主張及び認否

1  本件河砂の売買契約成立時期と内容

(一) 原告は、本件基本契約によれば、輸入河砂の売主として被告又は睦商事の指定する場所で河砂を荷揚げした上で引き渡す義務を負担していた。

ところで、被告らが原告に対し川崎港を引渡場所と指定した事実はない。原告が指定があったと主張する平成三年一月四日に、被告は、横浜港、川崎港及び川崎港東洋埠頭の構内配置図を送付したが、右は引渡港の候補について参考までに図面を送付したにすぎないものであって、引渡場所の指定をして図面を送付したのではない。

(二) 本件河砂を目的とする個別の売買契約は、原告がダイハイ号を傭船し河砂を同船に積み込み、同船の図面を睦商事に送付したのに対し、睦商事が原告に対し烟台港で河砂の一部を降ろして袖が浦港に運ぶよう要求した時点である。したがって、当初積み込んだ河砂の全量について売買契約が成立したものではない。

(三) また、右のとおり、原告は本件河砂を袖が浦港の指定場所で荷揚げした上で睦商事に引き渡す義務を負っていたのであるから、原告が河砂運搬船を指定港岸壁に着岸させるだけでは本旨に従った弁済の提供にはならない。

2  本件売買代金

金二四九八万二六五〇円

本件河砂の売買は、単価計算に基づいて代金額が算定される約定になっており、その基準となる数量について、原告、被告及び睦商事との間で引渡量から一〇パーセントの水切りを行う合意が成立しているので、被告が支払うべき本件河砂代金は、一万〇〇九四立方メートルからその一〇パーセントを控除した9084.6立方メートルを基準とし一立方メートル当たり金二七五〇円で計算した金二四九八万二六五〇円と定めるのが相当である。

3  売主として原告が負担すべき費用

(一) 本件基本契約においては、争いのない事実1(四)記載の約定があり、被告指定納入場所までの費用を原告が負担することが定められている。

(二) また、前記のとおり、原告は本件河砂を荷揚げした上で引渡しを行う義務を負っているのであり、荷揚費用は売主にとって弁済に要する費用であるし、外国産の河砂は、荷揚げ後、重量計測し、通関手続を経ないと買主は引き取れないから、右合意には合理性がある。

(三) 原告は、河砂の荷揚げについて、平成三年二月一五日、丸和建材に作業を依頼したが断られたため、同月二五日、被告に対し、荷揚業者の手配及び費用の立替払等を依頼した。

被告は、右依頼に基づき、争いのない事実等欄記載の立替費用合計金二四四一万一〇〇〇円を丸和建材に支払った。したがって、原告は被告に対し、右立替金を返還すべき債務がある。

4  その他の費用負担について

(一) 本件河砂については、睦商事が引渡しを受けることが予定されていたため、売買契約の履行に関する実務的な打合せは原告と睦商事との間で行うことが原告、被告及び睦商事の三者間の了解事項になっていた。そして、睦商事は原告に対し、平成三年一月中に、袖が浦港に荷揚げするよう連絡した。

(二) しかし、ダイハイ号が袖が浦港に入港した後、船体の高さ、ハッチの構造や積荷の状況等の問題があり、岸壁に着けても岸壁のクレーン設備では荷揚げが困難であることが判明したため、原告と被告は荷揚げの方法について検討し、ダイハイ号を川崎港まで転じ、川崎港の大型陸上クレーンで本件河砂をガット船に積み替えて袖が浦港に回送する方法を採ることを合意した。

(三) もっとも、被告は、右合意に先立ち原告に対して、通常の荷揚げ方法よりも費用がかかることを伝え、本件河砂を中国へ持ち帰ることや廃棄することも提案したが、原告が、中国との間の信用にかかわるため費用がかかっても何とか荷揚げしてくれと要求したのである。

(四) 右のとおりであり、本件河砂を指定の袖が浦港で直ちに荷揚げできなかったのは、売主である原告が睦商事及び被告との間で、船と港との適合性の検討、入港日程及び引渡量等について具体的打合せをしないままダイハイ号を傭船したためであるから、袖が浦港で通常要する以上の荷揚費用が生じているとしても、被告には何らの責任はない。右費用は当然に原告の負担すべきものである。

また、被告及び睦商事が、荷揚げに関して業者の手配等を行ったのは、原告が関東地方の業者に不案内だったからその便宜を図っただけであって、その費用はあくまでも原告が負担する約定であった。

5  本件河砂代金の支払猶予の合意

原告と被告は、争いのない事実6(一)記載の覚書によって、荷揚費用等の負担義務についての紛争が解決するまで、原告は被告に対し本件売買代金の支払を猶予することを合意した。

6  相殺

被告は原告に対し、平成六年三月一八日の本件口頭弁論期日において、争いのない事実5(二)及び6(二)記載の立替払に基づく求償債権をもって、原告の本訴請求債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  主たる争点

1  本件売買契約の成立時期と内容

2  荷揚費用の負担義務。

3  本件売買契約における売主としての原告の履行義務の範囲

第三  裁判所の判断

一  本件売買契約の成立時期とその内容

1  前記争いのない事実に証拠によれば、本件売買は原告が河砂を商社である被告に対して売却し、その転売先の睦商事も関東地域のセメント業者に更に転売することを予定していたものであり、一か月当たりの供給目標の二万立方メートルの引渡しを数回に分けて行うことが念頭に置かれていたものであること(甲一、五、乙五、証人永原醇英、原告代表者本人)、また、本件売買はその性質上引渡しに当たり通関場所の決定やクレーンの手配などを要するものであるところ、右事情を被告は原告に対し平成二年一二月二七日ころに告知していること(甲四二、証人永原醇英、原告代表者本人)が認められる。

2  右事実によれば、引渡場所の指定に当たっては、転売先のセメント業者の決定や入港予定日及び引渡数量の決定が重要な前提条件となるべきものであるところ、平成三年一月四日の被告のファクシミリ送信の際には川崎港だけではなく、横浜港、川崎港東洋埠頭の構内配置図も送付されていることが認められる上(甲一三、証人永原醇英)、本件売買契約における双方の確認事項については何度も文書のやり取りがなされていることが認められるところであるが、原告が平成三年二月一二日に睦商事に対しダイハイ号の図面を送付する以前に、転売先の決定や入港日程及び引渡数量の決定に関し文書が交わされた証拠はなく、当時袖が浦港においても川崎港においても本件河砂の荷揚げの具体的な用意がなされていなかったことは、前記争いのない事実4に摘示のダイハイ号が烟台港を出航してから荷揚げを行うまでの経緯に照らし明らかであるから、引渡場所の決定が前同日以前になされていたものとは認められない。

したがって、本件売買における引渡場所の指定(引渡場所の意味については後に述べる)は、睦商事が平成三年二月一三日にダイハイ号の図面を見た上で、一部の河砂を降ろすことを前提に袖が浦港における引渡しを要求し、これを原告が承諾した時にされたものと解するのが相当である。

3  また、右認定事実によれば、本件売買契約は、睦商事の右引渡場所の指定に伴い、原告がダイハイ号にいったん積み込んだ後に一部を降ろした残りの河砂である本件河砂一万〇〇九四立方メートルについて成立したものと解するのが相当である。

4  以上によれば、被告は原告に対し、本件河砂の売買代金として、一立方メートル当たり二九〇〇円(右単価は争いがない)の合計金二九二七万二六〇〇円の支払義務があるというべきであり、右を超える売買代金請求部分は理由がない。

5  支払猶予の抗弁について検討する。

被告は、本件河砂代金等について、本件覚書において紛争解決までの支払猶予の合意をしたことを主張するが、本件覚書には各費用の負担義務が確定されるまでの支払を猶予する旨の記載がなされており、本件訴訟においては右費用の支払義務が判断の対象となっているのであるから、右主張は採用できない。

二  原告の履行義務の範囲と荷揚費用等の負担義務

1  前記争いのない事実及び証拠によれば、本件売買は、被告が原告から購入した河砂を最終的にセメント業者に転売する目的をもって計画されたものであること、本件基本契約においても引渡場所は被告指定場所となっており(以上は争いがない)、本件基本契約当時、右記載が陸上の場所における引渡しと解するのが通常であることを原告が認識しており、被告と協議した上本件基本契約書に右記載がなされたこと(原告代表者本人)、以上の事実が認められる。他方、原告代表者本人の供述以外に岸壁における引渡しを定める特約を認める証拠もなく、海上における砂の保管施設を被告が確保しているなど海上において被告が引渡しを受けることについての合理性を認めるに足りる特段の証拠も提出されていないこと、売買契約における売主の目的物引渡義務が持参債務を原則とすることを踏まえて検討すると、本件基本契約成立時において、原告は河砂を荷揚げして被告指定の陸上の場所において引き渡すべき義務を負うとの合意がなされているものと解するのが相当である。

2 右事実によれば、本件河砂の売買における荷揚費用は売主である原告の弁済の費用というべきものであるから、特段の合意がない場合には右費用は原告の負担と解すべきものであるところ(民法四八五条)、以下、本件売買契約における荷揚費用の負担の合意について検討する。

証拠によれば、荷揚費用を買主が負担する場合には契約書に岸壁渡し等と記載するのが一般であり、被告指定場所と記載すると荷揚費用を売主が負担するよう読めること(原告代表者本人、証人永原醇英)、契約当時そのことを原告が認識しており、原告と被告は右文言につき協議して基本契約書の作成に至ったこと(原告代表者本人)、原告が荷揚げの依頼を被告に委任し代金を支払う旨の文書を被告に渡していること(乙三の一及び二)、原告は被告から荷揚費用を睦商事が負担しないと主張しているという連絡がなされているにもかかわらずそれに対しての応答を何ら行うことなくダイハイ号に河砂を積み込んだこと(乙五、原告代表者本人)、以上の事実が認められる。

原告は、本件基本契約締結前の代金の見積において、荷揚費用を計算に入れていなかったこと、荷揚費用について、注文書には明文の規定がなかったので荷揚費用を被告が負担する口頭の合意をしたこと、乙三の一及び二は被告から内部処理のために要求されたものであることなどを主張しその旨の供述を行っている。

しかし、原告代表者は、その供述において、乙三号証の一及び二の作成過程で被告に対し、事実と異なる書面の作成に難色を示したこと、被告の内部処理のためと強く要求されたため右各書面を作成したことを供述しているにもかかわらず、それらを裏付けることのできる証拠を全く要求していないと述べている。また、原告が見積りの根拠として提出する甲四五号証は本件売買の引渡完了後、荷揚費用に関する見解の相違が生じた後に作成されたものであることを供述しているが、原告が本件売買契約締結に当たって、甲四五号証のような見積書を示したことや代金決定に当たって詳細な原価計算をしたことを認めるに足りる証拠はない。

以上を総合すると本件売買契約時点において、荷揚代金についてこれを被告の負担とする特段の合意は認められないというべきである。

3  なお、本件覚書(乙四)には、荷揚費用等の負担義務が確定していないという内容の記載があるが、右覚書は前記各費用についての負担義務について原告と被告の見解の一致がない段階において、現実に第三者に費用を支払わなければならない状況が発生していたため作成されたものであることがその記載内容に照らし明らかに認められるのであり、右覚書中に前記各費用の負担義務を裁判手続により決定する可能性がありうることの記載があるのであるから、右覚書の存在は契約当時における前記各費用の合意を白紙に戻す趣旨と認めることはできない(なお、原告は被告から強要されて乙四号証を作成したと主張しているが、右事実を認めるに足りる証拠はない)。

もっとも、本件売買契約が継続的な輸入計画の一部としてなされたことは当事者間に争いがなく、乙五号証には荷揚費用の一部を被告側が負担する用意がある旨の記載が認められるが、右は前記認定の合意を前提にした上で、今後交渉の余地があることを示しているものにすぎないから前記認定を左右するものではない。

また、原告は、商慣習に従って荷揚費用は被告が負担する旨の合意をした、あるいは本件河砂の所有権の移転の問題から荷揚費用は被告が負担すべきである、などと主張する。しかし、右商慣習についてはこれを認めるに足りる証拠がなく、また、本件河砂の所有権の移転時期と荷揚費用の分担は次元の異なる問題であって、所有権の移転に伴って当然に荷揚費用の負担責任も移転するという原告の右主張も採用の限りではない。

三  被告の受領遅滞の有無と費用の負担義務の帰属

原告は、被告の受領拒絶を理由に原告の主張2記載の各費用(合計金二八九万六二九七円)を請求しているが、その前提として原告が債務の本旨に従った弁済の提供を行ったことが必要であるところ、前記認定から明らかなとおり、本件売買における原告の履行の提供は荷揚げした上でなされるべきものであるから、最終的な荷揚げに至るまでの段階においては、原告の本旨弁済の提供を認めることはできず、したがって被告の受領拒絶を認めることもできないものである。

したがって、右費用の請求は理由がなく失当である。

四  相殺の抗弁について検討する。

1  本件河砂の売買においては、契約当時予定していなかった争いのない事実5及び6の各(二)記載の費用が(合計金三〇五八万三一二〇円)が生じ、これを被告において支払っているところ(争いがない)、被告は右費用は原告の負担すべきものであると主張するので検討する。

(一) 前記認定のとおり、原告は本件売買契約においては本件河砂を荷揚げした上で弁済の提供をすべき義務を負い、また、荷揚費用の負担義務も負っているところ、袖が浦港において荷揚作業が完了するまでは原告が弁済の準備を行っている段階であると認められるから、荷揚作業が円滑に進行しなかったことについて買主である被告の責めに帰すべき特段の事情の認められない限り右費用も原告の負担となるべきものである。

(二) そこで、右特段の事情の有無につき検討を進めるのに、原告は、被告が袖が浦港で引渡しを受けると連絡しながら、そのための手配を怠ったとして荷揚費用の増加について責任がある旨主張する。しかし、原告と被告との間で荷揚げの手配についての委任契約が成立しているとしても被告が委任契約上の債務の履行を怠ったことを認めるに足りる証拠はない。

かえって、前記争いのない事実及び証拠(甲二八、二九、三四の一、証人永原醇英)によれば、被告ないし睦商事は引渡港について具体的な打合せもなく、その詳細も決められないままに、原告の一方的な出荷通知を受けて事後的な対応を余儀なくされ、その過程で丸和建材等の荷揚業者や通関業者を委任し、前記認定の本件河砂の最終的な荷揚げに至るまでの作業を取り図らったことが認められるのである。以上の認定によれば、本件河砂の荷揚作業が袖が浦港で円滑に行えず、多大な費用増加をもたらした原因は、原告が輸入にかかる本件河砂の売主として果たすべき入港日程、荷揚作業の詳細の打合等弁済の提供に必要な事前検討を怠り、漫然と被告ないし睦商事の善処を当てにし、自らの都合のみで傭船契約を締結して河砂を積み込み、出航を連絡し、被告らに事後的な対応を余儀なくさせたことにあることが明らかであり、被告の責めに帰すべき事由を見い出すことはできないというべきである。

(三) 右のとおりであるから、被告が支払った荷揚費用、積降料及び滞船料の合計金三〇五八万三一二〇円は原告が負担すべき費用である。

2  被告が右1に認定の債権金三〇五八万三一二〇円を自働債権として本件河砂代金二九二七万二六〇〇円と対当額で相殺の意思表示をしたことは当裁判所に顕著な事実であるから、原告の本件河砂代金債権は被告の相殺の意思表示によって消滅したものである。

五  以上のとおりであり、原告の請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤村啓 裁判官須藤典明 裁判官上岡哲生)

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